新しい沖縄歴史教科書を造る会

日本史の一部、地方史としての沖縄を脱却して
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錫の合板で覆われていた過去の首里城

今の首里城は、木造建築の瓦葺ですが、

これは、 1715年に焼けたのを再建したものを参考にして

 戦後の1992年に復元されたものです。


それ以前から首里城は、何度か焼けていて、 

一番最初に建てられた頃にはどんな姿をしていたかは

 実はよく分かっていないのです。 


最初に焼けたのは、1456年とされていますが、 

その頃の首里城について興味深い記述があります。 

それは、1456年に漂流した朝鮮水軍の 梁成の記録によるのですが、


それによると、、 首里城の内城には、


三層の楼閣があって、板で覆い 錫(すず)を張ってある、

この上層に珍宝を収納し 下層には、酒や食物を保存し中層には王が住んでいる。 

この首里城の内城とは首里城本殿の事と考えられます。 

楼閣とは首里城正殿であり、それは板張りで、 上から錫の板を張ってあると書いているのです。 

つまり、当時の首里城は今のように朱塗りを剥きだしに しているのではなく、

その上から金属の板を張り、 完全防備していた事になります。 


内部からの出火は、外の錫板では防げないので、 

これは、外からの火矢に対応する為の防備ではないでしょうか? 

そうだとすると、550年前の首里城は、 今のように赤くなく、

鈍色に輝いた冷たい 印象を持つ城だったかも知れませんね。



 参考文献 首里城王統紀 比嘉朝進著

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