新しい沖縄歴史教科書を造る会

日本史の一部、地方史としての沖縄を脱却して
主体的に故郷の歴史を見て見ようというブログ

琉球王朝事件簿 ・幻の陶工の系図を巡る改竄事件(3)

島袋家は、五男いて、
いづれも裕福な暮らしをしていました。


縋り入りの話を聞いた島袋家では、


「花城・渡口家は除いて島袋家だけで、
縋り入りをしたい、報酬はもっと沢山出すから」


と欲をかいた申し出をしました。
仲松と池原は、より儲けがありそうな
島袋家の提案に乗り、花城、渡口家を
締め出す方向で動き始めます。


もちろん、花城家と渡口家は、
話が違うと猛反発しますが、
仲松と池原は、理由をつけて逃げ回り、
疲れた両家は、縋り入りを断念する決断をします。


こうして、事件の首謀者は主に、
系図座に勤めている池原筑登之になります。


写真は、その時に実際に偽造された家系図ですが、
存在しない筈の4世、典完が追加され、
嫡男、典蕃の子孫と典完の下に膨大な数の子孫が
連なっていますが、これらは全て島袋家の一族で
平田典通とは全く関係がありません。


池原と仲松は、色々と理由を付けては、
島袋家から報酬を請求し、結果、
1860年までには、系図の改竄は完成し、


平民島袋家は、32名の子孫が一夜にして
士族に昇進してしまったのです。


が、悪い事は出来ないもので、
本来、系図を返却されるべき、
本当の典通の子孫、佐久川家が、
いつまでも系図が返却されないのを不審に思い
系図座に問い合わせた結果、、
池原、仲松の悪事はいっぺんに露見しました。


驚いた、池原、仲松、そして島袋家は、
事件をもみ消そうとして、
佐久川家にある平田家の位牌を持ち去ったり、
島袋家の墓を開けて、甕に士族である由縁を
掘り付けたり、見苦しい偽装工作をします。


しかし、全ては無駄であり、
佐久川家の訴えで事件は平等所にて
取り上げられる事になります。


事件を首謀した仲松里之子は、
受け取った全ての銭を没収した上で、
宮古島に8年の島流しが確定。


従犯で系図座の役人だった、
池原筑登之と同僚の賀数里之子は
銭を没収した上で久米島に4年間の島流し


島袋家の当主で仲松、池原と謀った
平田筑登之典令は、系図を削除した上で
宮古島へ8年間の島流しと決まりました。


この事件、関わった人が、
50名を超える大掛かりな事件になり、
裁判も長期化し、10年近くも掛かっています。


こうして、幻の名陶、平田典通の系図を
巡る事件は終幕を迎えるのでした。


×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。