新しい沖縄歴史教科書を造る会

日本史の一部、地方史としての沖縄を脱却して
主体的に故郷の歴史を見て見ようというブログ

黄色艦隊フィーバー1


  • 規模において日本を凌駕した清国艦隊

清朝は、アヘン戦争、アロー戦争と海軍力の弱さ故に
列強に煮え湯を飲まされた経験から広大な領土を守る
海軍の創設にあたる事になります。


日本の場合には、連合艦隊一つですが、領土が広大な清では、
一艦隊では、すべてをカバーできず、北洋艦隊、福建艦隊、
広東艦隊、南洋艦隊
という4つの艦隊が配置されていました。


その中でも対日方面に当たったのが、李鴻章が管轄する北洋艦隊で
総司令官は丁汝昌という人物です。

丁汝昌(1836~1895)


  • 北洋艦隊が別名を黄色艦隊と言った理由は
北洋艦隊は、清国では北洋水師でしたが、日本では黄色艦隊とも
呼ばれていました、その理由は清朝のシンボルである黄色い龍の旗を
艦隊の象徴として掲げていたからです。


北洋艦隊の全容・・


北洋艦隊は、7300トンという

当時の世界でも最大級のトン数を誇る

定遠と鎮遠を主力艦として擁していました。


その下には3000トン級の中型艦、

経遠、来遠、次には2500トンの

致遠、靖遠、済遠、が続き、


2000トンクラスの平遠、広甲

あとは1000トン級の超勇、揚威

などがありました。


その当時の日本海軍の軍艦は、

いわゆる三景艦、松島、厳島、橋立が、

それぞれ、4280トンでしかなく、

トン数では清国に見劣りする状態だったのです。


北洋艦隊の主力艦 鎮遠


そして日清両国は一時の蜜月を経て、

朝鮮の帰属問題を巡り、激しく対立します。

琉球の問題では折り合えた清も

内陸の最期の朝貢国である朝鮮を奪われるのには

激しい抵抗を示す事になります。


四つある清国艦隊の一つ、南洋艦隊(広東艦隊)は、

沖縄県の周辺を管轄していました。


その事から沖縄の守旧派である頑固党は

開戦になれば、この艦隊が沖縄の日本軍を追い払い

沖縄を解放してくれるのではないか?

という淡い期待を持つようになります。


実際に日清戦争を戦った主力の北洋艦隊には、広丙のように、

南洋艦隊から回された軍艦も含まれていました。


開戦と共に、清国艦隊への恐怖と羨望は沖縄島内で

膨らみ、黄色艦隊フィーバーが巻き起こるのです。




              つづく・・


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