新しい沖縄歴史教科書を造る会

日本史の一部、地方史としての沖縄を脱却して
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首里城の建材が変わった!その切実な理由とは

首里城が、戦乱や火災で何度も焼けた事は よく知られていますが、
それ以外にも、20年周期で修理と修復が あった事は余り知られていません。


 巨大な木造建築である首里城は、 以前はカシの木で作られていましたが、

 カシの木は、高温多湿の沖縄では腐食に弱く 

20年では腐り始めて建材を取り替える 必要性が生じました。


 しかし、小さな王国で20年ごとに城を 大規模補修するのでは、

 お金が幾らあっても足りません。 


18世紀の政治家、蔡温は、 この頻繁な建て替えに対して、 

建材をカシの木からイヌマキに変える 事を決断します。 


イヌマキは、関東以南の土地で、 防風林や庭木に使用された木で 

琉球でも多く生えていました。 


イヌマキは暴風や湿気、腐食に強い という特色を持っていたので、 

首里城の建材としてうってつけだったのです。 


さらに蔡温は、今後も永続的に 建材を手に入れる為に、

イヌマキを植林する他 琉球全土から、御用材として、

 生育の優良なイヌマキを指定して、 勝手な伐採を厳禁すると同時に、 

指定外のイヌマキも伐採には山奉行の許可が 必要とするなど保護政策を取ります。


 こうして以後、首里城の建材は、 カシの木からイヌマキに変更されます。

 因みに首里城の建築材は、 城内の木曳門から引き込まれていました。 



木曳門は通常は、石で塞がれ、 誰も通れないようにされていました。

 現在は、開かれ、扉がない門として 通学に利用されているようです。 

ちなみに現在の首里城は、 イヌマキか?というと残念ながら、

 調達が充分に出来なかったようで 柱や梁には台湾ヒノキを使い、

 外周にはイヌマキを使っているそうです。

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