琉球は軍事大国だった
貿易により富を蓄積していた琉球は、倭寇などの略奪を警戒し
人口八万人という小国ながら、軍船を基準とした軍事組織を発展させました。
それは4000名という規模であり、人口の5%に達します。
これを、現在の日本に当てはめると、600万人という規模になります。
当時の琉球は海外遠征もしており、結構な軍事大国だったのです。
史書には、何度か、那覇港に入ってきた海賊の船を撃退したとあり
国際社会の秩序と安寧を願って生きていたのではない
現実主義の側面があった事が分かります。
ヒキの副官だった、筑殿は、やがて筑登之(ちくどん)となり
下級士族の代表的な階級になります。