新しい沖縄歴史教科書を造る会

日本史の一部、地方史としての沖縄を脱却して
主体的に故郷の歴史を見て見ようというブログ

冊封は中国の大赤字だった

中国と琉球というと、直ぐに冊封体勢、
そして属国というイメージになります。


中国に服属した国は、
政治の自由を奪われ屈辱に耐えていた筈だ。
中国は変わらず横暴な国だ。


しかし、事実は全く違っており、
持ち出しが多く、おおばんぶるまいしていた
のはむしろ中国の方でした。


周辺の冊封国は、政治の干渉も人事の横槍も受けず
ただ、毎年一度、使節を派遣して皇帝に頭を下げる
それだけで、貢物に10倍、100倍する見返りが

発生する美味しい商売だったのです。


実際にベトナムなどは、中国の征服軍を追い払った
翌年には進貢を願い出て中国に嫌がられていますし、
琉球は1年に何回も使節を派遣したりしています。


また、中国に冊封を受けたメンバー国は、
中華皇帝の臣下として立場が対等になりました。


これは小国の琉球にとっては有り難い話であり、
円滑な貿易を行うのに冊封体勢は大いに役にたったのです。



中国王朝は台所が苦しくなると、冊封を制限したがり
5年、10年に1回という国もありました。
これこそ、中国が見栄の為に冊封体勢を維持したという
証拠になるのです。


冊封=屈辱=植民地というのは、全く当たりません。
当時のアジア諸国は、実に上手く中国人の見栄っぱり
を利用して稼いでいたのです。

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