新しい沖縄歴史教科書を造る会

日本史の一部、地方史としての沖縄を脱却して
主体的に故郷の歴史を見て見ようというブログ

魔夜峰央的・・?美少年大好き琉球

琉球においては、美少年は最強でした。
国王の側近を務めた美少年集団、
小赤頭(こあくかべ)も、
高級士族の子弟から選抜され、
諸芸に秀でてかつ容姿端麗
であるという事が条件でした。

その姿は男でも女でもない
中性的なユニセックスな
衣装を着て
首里城で行儀見習いをしています。


江戸時代には、この小赤頭から、
選抜された楽童子が日本中で
黄色い声援を浴びています。


小赤頭の出身者には、
三線の湛水流の創始者
幸地賢忠や、組踊の創始者にして
完成者、玉城朝薫がいます。

琉球の美しければオールOK体質は
組踊にも見られます。


「二童敵討」の護佐丸の遺児は、
美少年であるだけで易々と怨敵、
阿麻和利に近づき刀も装備も言葉巧みに
取り上げて仇を討ってしまうし


執心鐘入の中城若松という美少年は、
美女の誘惑を
「だが断る首里に奉公に行く」
とばっさり拒否し、プライドを傷つけられた
美女は、鬼に変わって若松を殺しにいきます。


これ、元ネタの「道成寺の蛇」では、
美少年の僧侶が言い寄る女に困り
「しばらくしたら必ず迎えに行く」と嘘をつく
というアラスジですが若松はストレートです。

手水の縁の主人公、真山戸は、
泉で髪を洗う玉津に一目惚れし、
「手づから水を飲ましてくれ
でないと泉に飛び込んで死ぬから!」

と初対面の玉津を脅迫して恋仲になります。


よくよく考えると、美少年というだけで、
かなり顰蹙モノの行動や
言動があるのですが
でもいいのです。

何故なら、琉球において
美少年は善だからです。



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