新しい沖縄歴史教科書を造る会

日本史の一部、地方史としての沖縄を脱却して
主体的に故郷の歴史を見て見ようというブログ

弓太郎、中国人留学生を受け入れる

謝花達と共に奔走した
自由民権運動に
挫折した弓太郎は
再び下宿屋の親父に戻ります。

ある日、そこを尋ねたのが、
大アジア主義者で民権運動の
闘士でもあった、頭山満です。


頭山は弓太郎が
下宿屋を営んでいる事を知り
「中国人の留学生を
受け入れてくれないか?」


と頼みにきたのです。

当時の日本には、
明治維新を学ぶとして
1万人という中国人が

渡ってきていました。


しかし、いきなり1万人もの中国人を
受け入れられる下宿先は中々無く


しかも日清戦争以後の中国人への
差別感情も色濃い中での
下宿探しは困難を極めました。


頭山達、玄洋社は、
孫文と中国人留学生を支援すべく
宿探しをしていたのです。


頭山は弓太郎を孫文に引き合わせます。

そこで孫文のカリスマ性に共鳴した
弓太郎は、中国人留学生受け入れを決意し、


何と、先に入っていた
日本人の下宿人を追い出し
下宿を空にして中国人を受け入れました。

「日本人なら宿探しは難しくあるまい
だが、中国人は、そうも言っていられぬ」


というのが弓太郎の言い分でした。


こうして弓太郎の下宿は、
中国人留学生だらけになり
自然に幾つかある中国人革命家の
サロンのようになります。

弓太郎は中国人留学生に献身的に接し
彼等の信頼を集めていきます。



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