新しい沖縄歴史教科書を造る会

日本史の一部、地方史としての沖縄を脱却して
主体的に故郷の歴史を見て見ようというブログ

琉球に来たのは平家だった??

運天港にやって来たもの、、


それは壇ノ浦の戦いで滅んだ
平家の落武者達でした。

落武者と言っても、平忠盛の代から日宋貿易で
富を蓄え、航路にも詳しかったインテリの平家は
裕福でありました。
そこで源氏に敗北した後、
再起を狙う土地を
探して、船を仕立ててたのです。


そして宋船に金銀財宝を積んで
最初から、琉球の運天港を目指して
船を出したのです。


逆に言えば、大型の宋船が入れる場所は、
当時の琉球では、牧港か、運天港か
渡具知港位しかありません。


そうであれば、一番近く、大きな運天港を
選択しても不思議はないでしょう。


平家は金銀財宝と
一定の兵力を載せていたので
琉球の豪族も手が出せず、

平家も金銀を贈って
その懐柔につとめたと思われます。

その結果、地元の豪族は草が風になびくように
平家の落武者に従ったのではないか?
このように推測できるのです。



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