新しい沖縄歴史教科書を造る会

日本史の一部、地方史としての沖縄を脱却して
主体的に故郷の歴史を見て見ようというブログ

まるでスパイ映画、水面下で戦う日本政府と亡命琉球人2

  • すれ違う日清両国

竹添公使は一度帰国し、李鴻章の意図を明治政府に伝えました。


そこで明治政府は、グラント元大統領の提案を元に、
琉球の南島(宮古・八重山)を清に割譲し、その見返りとして
日清条約を改定し、日本に欧米諸国並みの清国内での
通商特権を認めてくれるように打診します。


琉球は日本であると言い併合を強行しながら、
清国内での商売を円滑にする為に、

進んで清国に先島を割譲するというのが
明治政府の本音であったわけです。


この事はやがて新聞に素っ破抜かれ、内情を知った
沖縄県民は政府に対して強い不信感を抱きました。


  • 李鴻章、日本案に難色を示すが総理衙門に通告

1880年、三月二十六日、竹添は再び渡清して、
日本政府の先島割譲+通商特権の付与を求めました。


李鴻章は表面上は、この提案に猛反対しますが、
北京の総理衙門への打電では、
「日本案を受け入れても構わないと思う」と感想を伝えます。



しかし、総理衙門は李鴻章の提案に難色を示します。


他でもない、幸地朝常等が
北京で嘆願を繰り返している中で
先島を分割して清の領土にし沖縄本島を

日本に譲る提案は飲めなかったのです。


  • 李鴻章、再度の竹添との会談で三島分割案を提示

そこで李鴻章は、駐日公使の何如璋の意見を、さも、
グラント元大統領の意見のようにすり替えて提案します。

何如璋(1838~1891)


その提案では、琉球列島を三分割し、奄美大島以北を
日本領、沖縄本島は琉球王国として存続させ、
先島は、清国領とするという事になります。


これでは日本政府は、苦労して断行した琉球併合を無にする
事になり、今度は竹添公使が拒絶して帰国。
協議は一旦は、物別れに終わります。


続く・・






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