新しい沖縄歴史教科書を造る会

日本史の一部、地方史としての沖縄を脱却して
主体的に故郷の歴史を見て見ようというブログ

琉球料理と日本料理、アメリカ人が好んだのは?

1853年、日本に向かう前に
琉球にやってきたペリー
恫喝外交に苦しみながらも、
そこはお客様、無下には出来ません。
琉球は中国使節に与えるよりはワンランク低い
豪華な料理で、おもてなししました。


「実は君達を歓迎してないぜ、フフン」
というサインを紛れこませたのですが、
そんなサインはアメリカ人に分かる筈もありません。


料理として出てきたのは
伊勢海老や鹿肉、豚肉、
卵、家鴨、小麦粉を使った

麺類やお菓子という
肉食中心のアメリカ人を満足させる内容でした。

実は肉食という点では、
中国人もアメリカ人も
これという違いは無かったのです。


次にペリーは日本に向かいました。
日本側も、アメリカの晩餐に招待されたお返しに
最上級の懐石料理でもてなします。


ところが、肉類がタブーの日本の食事は、
アメリカ人には味気ないもの。


特に、魚のすり身であるはんぺんは
当時は混ぜ物なしの高級品ですが、


「味がしない、不味い」
として大不評でした。

また、贅を凝らした刺し身でも、
そもそも生魚を食べないアメリカ人は、
箸をつけようともしません。


かくして、アメリカ人は、
「料理は琉球のがずっと美味い」
という感想を持ったのです。


一方、初めて西洋料理を食べた
日本の武士達は、
それをとても美味しく感じたらしく
残り物を包んで持って帰ったり、
用も無いのに軍艦に訪問にきて
食事に預かろうとしたそうです。

当時から日本人は肉食文化を受け入れる
下地があったんですね。







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