新しい沖縄歴史教科書を造る会

日本史の一部、地方史としての沖縄を脱却して
主体的に故郷の歴史を見て見ようというブログ

琉球最古の画家 自了

琉球の歴史に残る最古の画家の名前は、
城間清豊(ぐすくま・せいほう)
と言う人で、号を自了(じりょう)と言います。

1614年に産まれた彼ですが、
生まれつき、耳が聞えず、
しゃべる事も出来ない

という障害を持って産まれました。


両親は清豊の将来を悲観して、
彼には学問を教えませんでした。


ところが、清豊自身は、
そんなハンディはお構いなしの
好奇心旺盛な少年に育ちます。


清豊はある時、
どうして一日には昼と夜が
あるのか不思議に思い、


毎日、山の上に上り月と太陽の動きを
じっと観察し、天体の運行により
昼と夜が起きる事を突きとめて
手を叩いて喜んだと言われます。


また、ある時には、崖下に転落した
山羊が、怪我もしないでピンピンしている
のを観察し、自分も崖下に飛び降りて
無傷だったという話が伝わっています。

清豊は、独学で字を覚え、
さらに、絵画に
非凡な才能を発揮しました。


冊封使の、杜三策は、清豊の絵を
いにしえの画家、顧愷之・王維に匹敵する
と絶賛し、日本の狩野派の画家、
狩野安信は、

「自了が日本に産まれたら
親友になれたであろうに」


と言ったと伝えられています。


残念な事に清豊は、30歳という若さで
1644年に世を去ります。


彼の作品は戦前までは数点残っていたようですが
沖縄戦で焼失し、現在は一点しかありません。


それが、今、首里城のマスコットキャラ?
になっている神獣の白澤(はくたく)です。

自分の障害をものともせず、
好奇心のままに絵を描いた城間清豊は、
こうして、琉球ばかりか、
日本、中国に名を知られる
画家になったのです。


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